テクノコント vol.1 メロー・イエロー・マジック・オーケストラ とは何だったのか?

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ジャンルまるごと旗揚げ公演と題して2018年5月25日26日にユーロライブで行われたテクノコント vol.1 メロー・イエロー・マジック・オーケストラが終わって半月が経過。説明らしい説明はアフタートークでもしなかった。パンフレットを作っておけばよかったのだが、そんな余裕もなかった。正解がわからない。問題と解法から作る必要があった。この文章は、会場に駆けつけてくれた人、まだテクノコントを知らない人、次なるエンターテインメントや独自の表現を模索している人、そしてシングルカットという名の社会実装の協力(後述)をしてくれる人たちへ向けたものです。以降、敬称略でお届けします。

1.心霊写真f:id:hynm_kawada:20180612053814j:plain
人工知能が進化してゆくことで、明らかになってゆくこと。未知なる世界は、どんどんコンピュータによって暴かれてゆくことになるだろう。その最先鋒として、オカルトの存在があるわけだが、月刊ムーが好きだし、横殴りのテクノロジーで無闇に人間の余白を奪いたくはない。 

2.数学泥棒f:id:hynm_kawada:20180612054016j:plain
数学の問題に出てくる「点Aを盗む」ことから始まる『数学泥棒』というネタは、男性ブランコが活動初期からやっている代表的なコントである。奇しくもチームラボ猪子と対決したときに披露した「数学の問題を道徳的に考える」という僕のネタとも少しシンクロする。可視化することで観客のイメージの邪魔をしたくない。細心の注意を払って拡張を施した。平井浦井の好演も助けとなり、公演全体を勢いづける印象的なコントになった。 → 公演の映像はこちら

3.自撮りf:id:hynm_kawada:20180612054324j:plainカップルと友達が、自撮り棒を持って抜けのいい観光地にいる。各所で揶揄されつつも、インスタ映えへの欲求は無くならない。自撮り棒を地球の外側まで伸びるようにしたら、自意識はどのように拡張してゆくのか。文化批評的な側面から、一流の下らなさを内包したコントが生まれた。台本を書いたのはラブレターズ塚本。感情の動きの扱いがとても上手、以降のネタでもそれが存分に発揮されることになる。

4.ヒューマン・スカウターf:id:hynm_kawada:20180612054348j:plainドラゴンボールに登場するスカウターは、AR技術を実用例としてわかりやすい。だが、それが適うことで、現実がどのように更新されてゆくのか。まだ十分に議論されていないように感じていたところ、男性ブランコ平井がその考えの延長線上にあるような台本を仕上げてくれた。僕が考えているARとは、すなわち省略から斬新を導くということ。ここでは、面接にかかっていた時間が、スカウターによって省略されている。履歴書に書いていないことまで見透かされてしまう装置が実用化されたあと、どんな物語が待っているのか。役者としてのラブレターズ男性ブランコ、ワクサカソウヘイにも注目が集まった。

5.テクノ落語f:id:hynm_kawada:20180612054406j:plain伝統芸能というものは、総じて敷居が高い。それは演者にとっても、客にとっても同じこと。落語が好きで、よく寄席にも遊びにいく方なのだが、やっぱりわからないこともある。あらかじめ勉強しておかないとわからないものは、やがて取り残されてしまう。では、扇子と手拭いだけではなく、高座にスマホを持ち込んだらどうなるか。観客もスマホを開いていいことにしたらどうなるか。演者として積まなくてはいけない修行を省略したらどうなるか。このコントはこの辺から着想した。有限から無限を生み出すのが落語を含む伝統芸能の真骨頂であることは揺るぎない。それを肯定しつつも、テクノが拡げる独自の世界。無限から有限を生み出すことに果敢に挑戦し、成功したと思う。客席に長短さまざまなロウソクが灯った瞬間、鳥肌が立った。いい仕事をした。いい仕事をしてくれた。

6.現物いいねf:id:hynm_kawada:20180612054425j:plainFacebookの「いいね!」を毛嫌いする人。Instagramのストーリーについてゆけない人。twitterの「★」が「♥」になったのを未だに許せない人。ソーシャルネットワークが牽引する評価経済から取り残された人たちの欺瞞を昇華する一手として考えられるのが、この「現物いいね」という仕組みだ。その辺に転がっているだたの石のように見えても、いいね!が膨大に集まっていることがある。太陽をかざせば、そこに億を越える「まぶしいね!」が見えてくる。一様ではない価値観。現実と地続きで可視化することができたら、世界はもう少しカラフルになるはずだ。白か黒かではなく、グラデーションを取り戻すはずだ。他人に寛容になるはずだ。かっぱえびせんだって、やめられるし、とめられるはずだ。

7.VRf:id:hynm_kawada:20180612054503j:plainVRの醍醐味は、フルダイブで没入できるところにある。そこからはじまる惨劇も、水面下で生まれているに違いない。短いネタでありながら、芯を食ったコント。ラブレターズのネタを拡張するというアイデアが他にあったのだが、それは次の公演までの宿題に。

8.フューチャー・ミニチュア・博物館f:id:hynm_kawada:20180612054536j:plain止まった時間を動かす、動いている時間を止める。博物館が担ってきたそもそも拡張現実的な要素を、技術的に適えたのがこのネタだ。石槍を構える男の像、遺跡から発掘された土偶、復元された竪穴式住居などといった博物館でお馴染みの展示物を舞台に、コントを繰り広げる。社会実装という名のシングルカット(後述)の最有力候補。ユーモアの介在がなかった場所を、劇場に変える。可能性しか感じない。世界中の美術館や博物館で、コントをやりたい。これに賛同してくれる関係者は、直ちにコンタクトください。

9.金ちゃんの仮想通貨大賞f:id:hynm_kawada:20180612054553j:plain会議で色んなネタをホワイトボードに書き出していたとき、誰のアイデアというわけでもなく持ち上がったのがこのネタ。固有名詞の魔術師、ワクサカソウヘイが台本を手掛けた。最後までどんなコントになるのか、そもそも成立するのか。誰もが不安だったのだが、結果的に見事なテクノコントに仕上がった。ベストコントにこのネタをあげる客も多かった。欽ちゃんと仕事しているテレビ界のレジェンド、T部長こと土屋敏男も褒めてくれた。

10.捨てスマートスピーカーf:id:hynm_kawada:20180612054611j:plain台本を書いたラブレターズ塚本は、どんな思考回路をしているのだろう。スマートスピーカーというものの特徴、社会的背景などを伝えたつもりだったのだが、いつの間にかスマートスピーカーを古くなった飼い犬のように捨てる台本が出来上がってきた。蓋を開けてみると、すべての伏線を回収するような大団円。油断してると泣きそうになるくらい、いい話だった。ラブレターズのことが大好きになった。

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長くなってきましたが、アフタートークですればいい話を続けます。

アルバム、そして社会実装としてのシングルカット。
芸人、編集者、作家、開発者が新しいバンドを組むように始まったテクノコントは、まさにアルバムを作るような作業の連続だった。ここで共作したものは、それぞれの活躍のフィールドに持ち帰っていいということをルールにした。開発ユニットであるところのAR三兄弟からすると、コントの内容を社会実装するまでが自分たちの仕事だと捉えている。その行為を、シングルカットと呼ぶことにした。客席には、チケットを購入してくれた人のほか、多くの業界関係者も詰めかけた。すでに進んでいるプロジェクトもあるが、博物館や美術館にまつわるネタに関する進捗はまだない。繰り返しになりますが、この記事を読んで賛同してくれる関係者は速やかにコンタクトください

どのようにネタを作っていったのか? f:id:hynm_kawada:20180612060031j:plain大きく分けて、3つのパターンに分類できる。ひとつは、僕が過去に書いたものや開発したものを原案にして、台本にして拡げてコントにしてゆくパターン。『テクノ落語』や『フューチャー・ミニチュア・博物館』や『現物いいね』がこれに当たる。ふたつめは、そもそもネタとして芸人の舞台に上がっていたものをこちらで料理するパターン。『数学泥棒』がそれに当たる。最後に、テクノを理解したり無視したり、会議でわいわいやっているうちに生まれたパターン。『自撮り』や『金ちゃんの仮想通貨大将』や『捨てスマートスピーカー』が順当する。AR三兄弟の場合は、すべてのネタを僕ひとりで考えてきた。複数の人間で考えることの愉しみを覚えたとともに、ここで培った手法は、今後もさまざまな方向で生かされてゆくと思う。手法から開発できたことが大きな収穫だった。

旗揚げ公演の反響、そして反省。
いとうせいこうは、「やっと川田が形になるものを作った」と激励に来てくれた。実は、AR三兄弟がデビューしてまもなく共演している間柄。が、なんとなく距離をとってきた。すべてを見透かしているような鋭い眼光、歯に衣着せぬ言動。共演するたび、叱られた気持ちになった。愛ある激励に耐え得る決心を、まだ僕は持ち合わせていなかったのだと思う。始まる前も、終演後も、楽屋に来てくれた師を前に、はじめて「LINE交換してください」と少しだけ歩み寄ることができた。前述の土屋敏男は「笑いの更新だ!」と絶賛してくれた。テクノロジーでテレビを変えた伝説の男に褒められて、嬉しくないはずがない。珍しいところでは、長い付き合いになってきた佐渡島庸平が、はじめて褒めてくれた。とにかく「テクノ落語がすばらしい」とのことだった。「感情についてちゃんと形にしてくれたのがうれしい。作家がどういう意図で、どういう矢印で物語を進めてゆくか。それを編集するのが僕の仕事だから」と、矢継ぎ早だった。ようやくスタート地点に立てたのかも知れない。もっとも最初期、無名だったAR三兄弟の冠番組をいち早くNHKで作ってくれた大野茂(現 阪南大学 教授)は、「それぞれの話が、今の我々からするとギャグでも、そう遠くない未来にリアルに起こりそうな気もする。その意味では、星新一ショートショートにも通じるSF的な恐怖感が根底にある。ライゾマもチームラボも超越してると思うぞ」と、嬉しいコメントをtwitterで寄せてくれた。無論、いい意見だけではない。2回目の公演は、テクノ部分でミスがあった。広域編集者で僕がミスター本質と慕っている前田隆弘は「テクノ要素を組み込むことによって、普通の舞台では見られない失敗バージョンが明るみになるのはいい。ただ、失敗したときのことを想定していないただの失敗はよくない。せっかく技術を持ちこんでも、広がりのないものになってしまう」みたいなことを、ストレートに助言してくれた。ありがたい。直接聞いたわけではないが、放送作家のオークラは「とにかく続けなくちゃ駄目だ」と出演者に進言してくれたらしい。ほんとその通り。続けなくては、失敗は失敗のまま。汚名挽回しなければ、失敗した回を観てくれた客にも、テクノにも、申し訳がない。
→ 関係者および観客による感想はこちらにまとめてあります

タイトル、全体構成について。
YMOの40周年になぞらえるように、デビューアルバム『イエロー・マジック・オーケストラ』に収録されていた楽曲と呼応するようにコントの順番を考えた。冒頭から死をテーマにしたもの(COMPUTER GAME "Theme From The Circus" / 心霊写真)があったり、名曲のカバー(FIRECRACKER / 数学泥棒)があったり、オリエンタルなムード(東風 / ヒューマンスカウター)だったり。幕間に流す音楽が答え合わせになるように、綿密に構成した。テクノコントが終わってすぐ、うっかりニューヨークで過ごしたのだが、現地では普通にYMOの曲が流れている。長い矢印の影響力。"This is America"のような曲はアメリカだから生まれる。それを安易に真似たところで、通用するはずがない。日本から世界へ、どのように打って出るか。デビューアルバムをはじめとするYMOの軌跡には、そのヒントが膨大に散りばめられている。ひとつひとつ検証し、音楽とは別のベクトルから体現してゆく。多くの人にとってどうでもいい話かもしれないが、僕にとってはいちばん大切な話。以上、アフタートークですればいい話でした。

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まだ終われる気がしないので、引き続き打ち上げですればいい話を続けます。

打ち上げですればいい話とは、あくまでスタッフへの労いとアルコールが融合してはじめてグルーヴ感が生まれるタイプの話である。本来的には公にすべきではないのかも知れないが、関わってくれた人たちへの感謝が凄いので、やっぱり書かせてください。

作・出演について
ワクサカソウヘイとの出会いは、『中学生はコーヒー牛乳でテンション上がる』というタイトルの書籍にまで遡る。2009年に発売されたこの本を、ちょうどAR三兄弟(まだ名前さえなかった)めいたことを始めようかなと考えている時期の僕は手に取った。テクノロジーを駆使してまで開発するでもないことを、本気出して実装する。「できたよー」って、中学生のテンションで発表する。そんな漠然としたイメージが固まりはじめたときに手に取ったこの本は、まさに理想的の下らなさとテンションを含有していた。読み飛ばしていたが、コント好きの中で知られていたミラクルパッションズの首謀者でもあった。チャンスがあれば、一緒に仕事したいとずっと思っていた。そんな折、ワクサカソウヘイが2015年に構成を手がけたホロッコレクション#1に、作家として参加することになった。ラブレターズ塚本、男性ブランコ平井もそこにいた。僕はLINEとYES/NO枕をマッシュアップさせたようなコントを書いて、AR三兄弟として実装した。以降、そこで知り合ったラブレターズ男性ブランコの単独公演にも足を運ぶようになった。自ら本を書いて演じる者にだけ宿る瞬間説得力のようなものが、この2組にはあった。台本を書かないほうと自ら揶揄することもある溜口と浦井は、それぞれ演じることに特化した華がある。いつか新ジャンルを立ち上げる時期が来たら、腰を据えて相談したいと考えていた。才能ある人たち(センスマン)と出会えたことが、このテクノコントの礎となっている。

構成・制作・写真について
このテクノコントをどう進めてゆくべきか。真っ先に相談したのが、編集者おぐらりゅうじだ。TVBros.の編集者として出会い、AR三兄弟が表紙を飾った号の企画・構成をし、ときには密談ラジオというポッドキャストの番組で共演し、いまも連載担当として付き合いが続いている。トリッキーかつポップな才能の持ち主で、いとうせいこうみうらじゅんのスライドショーの映画監督まで手掛けたことがある。いとうせいこうが会場に来てくれた理由のひとつは、おぐらりゅうじが関わっているからに他ならない。会議に参加するときのおぐらは、いつもポップ。内容がテクノやコントに傾き過ぎたとき、ポーンといいアドバイスをしてくれる。全然関係のない話をぶっ込んでくれる。稽古に適した会議室を予約してくれる。ゲネプロの直前にも関わらず浮かれた感じで出演者を寿司に連れていって、見事に遅刻してくれる。悪いことのように聞こえるかもしれないが、緊張と緩和のバランスが保たれていることが、特にお笑いの舞台では重要なのである。そして、フライヤーとキービジュアルを手掛けてくれたのは、かつてアンリアレイジのパリコレでも一緒に仕事したことのあるNO DESIGNの山﨑健太郎、「メローでイエローでマジックでオーケストラな感じでお願い」というフィーリング用語で伝えたにも関わらず、ばっちり仕上げてくれた。そして写真を撮ってくれたのは、同じくパリコレでも一緒だった石垣星児。サニーデイ・サービスのTシャツ着てるなーと思って聞いてみたら、アルバムのジャケット写真を手掛けたり、古くは運転手まで手掛けていたという才人。どの写真もライブ感があって構図が美しい。いろんな現場を経験してるからだし、ファインダー越しに被写体を見るまなざしがやさしくて強いからだと思う。親しみやすい本人のキャラクターとは別個に、この一瞬を逃してなるものかという気迫が写真に宿る。

映像について
吉川マッハスペシャルが、星にタッチパネル劇場やワープする路面電車に引き続き映像部分を引き受けてくれた。自身も、木曜会Rという謎の映像コントを手がけるユニットを率いていることもあり、お笑いに明るい。話が早い。今回は、同じ木曜会Rのメンバーでもある渡辺とんそくも協力してくれた。吉川がとんそくに「手を貸してほしい」を言ったのか、「足を貸してほしい」と言ったのか。定かではないが、ふたりとも腕は確かだ。

ナツノカモについて
元落語家のナツノカモには、超絶お世話になった。テクノ落語に宿った信憑性は、彼の指導によるもの。最終的には、プロジェクターの操作までお願いしてしまった。快く引き受けてくれて、感謝しかない。落語家時代は、多くの新作落語を世に送り出した。たまに立川吉笑が披露する『明晰夢』という噺は、彼が創作したものだ。これからは自ら出演できるコント作家として、活躍の舞台を広げてゆくとのことで期待している。

ほかにも舞台監督(森山香緒梨)、照明(岡野昌代)、音響(尾林真理)、ユーロライブ(小西朝子 / 木下愛)など、上げたらキリがないので、この辺で。以上、打ち上げですればいい話でした。

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最後まで読んでくれて、ありがとう。テクノコントは来年も続きます。社会実装という名のシングルカットも含めて、お楽しみに。