カレーとカリーの違いについて

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横浜にあるカリーの名店、アルペンジローがリニューアルオープン。懐かしくて、先週IKEAへ向かう足で立ち寄った。煮込みに3日間、丸1日こして冬眠と呼ばれる寝かせに3日間。トータル1週間かけて作られている。ゆえに、この投稿も1週間寝かせてある。野菜と肉はルーとは別に調理、やがて鉄板に盛り付けられた具材。そのまま食べると人参はより人参らしく、牛肉はより牛肉らしい味がする。自らのナイフで食べやすい大きさに切って、飯盒から皿にあけたライスとともにカリーに浸して、スプーンで口へ運ぶ。人類が培ってきた調理という文化の完成に立ち会ったかのような感動がある。

最寄駅は阪東橋。電車に揺られて読んだのは味の形。ベルクの副店長、迫川さんのインタビューが主体。森羅万象の重心や骨格を把握するには、視覚に限らず形を見たほうが真に迫る。味、匂い、音、触り心地。もれなく形がある。見た目とはまた別の位相の話。言葉だけで言葉を扱う人は少し苦手。いったん距離を置くしかない。 本書では、ファストフードとスローフードに内在する速度についても触れてあった。結果ではなくむしろ原因、僕の形で言葉にすると矢印の長さと方向の話。ファストフードは、食にともなう時間だけではなくその前提から切り捨てられている。連なるイメージがない。矢印が短い。宛て先がない。越えてこない。届くべき場所まで届かない。

喜怒哀楽、士農工商、冠婚葬祭。時代を区分してきた感情が、階級のともなう社会構造とともに、姿形を変えようとしている ・・・といういよいよ本格的な話は、来週発売のTVBros.の連載枠に書いた。最初に形を発見した人は「そうだ!」と声をあげる。それに続く「確かにそうだ!」が歪な形をしているとき、不協和音を招く。 最後にカレーとカリーの違いについて。言葉尻だけで捉えると、レモネードがラムネになった経緯と同じ。その形から捉えるならば、自分の舌で。形をイメージしてから言葉にすればいいと思う。アルペンジローは、カリーの名店なのである。