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トルナトーレが、中年期のトトと同じ年齢になっていた。みんな元気だった。

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ニュー・シネマ・パラダイスにまつわるドキュメンタリー番組が、NHK BSプレミアムで不意に放送されていた。劇中で映画監督となって故郷に帰ってくるトトと、同い年になったジュゼッペ・トルナトーレ監督が、ロケ地であり生まれ故郷であるシチリアを案内しながら、映画誕生の秘密を明かす内容だった。

この映画といえば、ラストシーンを思い出す人が多いだろう。敢えてここでは明かさないでおくが、それは見事なエンディングだった。映画そのものへの深い愛がないと、描けない。映画そのものが持ち得た、唯一の物語。この映画が最初に上映されたのは、1988年。僕は、12才だった。映画館に入れなかった観客たちが暴動を起こしかかっていたのを、映写機の反射板を傾けることで隣のアパートの壁に映画を投影するシーンが印象的だった。早過ぎたプロジェクションマッピングとも言えなくもないが、現代風の言い換えがことごとく安っぽくってしまうほど、素晴らしいシーンの連続だった。フィルム時代だからこそ、効力のあった映画の魔法というものが、確かにある。

番組は、少年時代のトルナトーレが、カメラを持ち歩いていたことを紹介した。止まった世界のなかで、複雑な世界を垣間みる視点が、そこには既に備わっていた。加えて、映画鑑賞会などの一緒に企画するなど、思春期をともに過ごした同級生がこんなことを答えていた。

同級生:「トルナトーレは、映画のあらすじを語るのが上手だった。実際に見てみると全然おもしろくなかった」

監督は、物語の根幹を為すエピソードについても紹介していた。協会で定期的に催される教区映画館では、神父が映画を選ぶことになっている。だから、キスシーンが出るたびに、当時の神父は検閲の鐘を鳴らす。技師はその都度、フィルムに紙を挟む。以降、そのシーンは全てカットとなる。このくだりは、本当にあった話らしい。ただ、カットされたシーンは、少年が缶にしまったきり、どこかへ勝手に持ち出してしまったのだと言う。消えてしまったキスシーン。これにまつわる妄想が、やがてニュー・シネマ・パラダイスを象ってゆくことになる。

主役のトト少年は、シチリアで生まれ育った少年をキャスティングすると、最初から決めていたらしい。番組の最後で、映画に出たことが、今後の人生にどう影響したのか。トト少年時代役の俳優(サルヴァトーレ・カシオ)に、監督が聞いていた。

トルナトーレ:「気をつけなければならない。映画の世界は素晴らしいが、冷酷でもある。映画で成功した子役は、いつか大人になってしまう。苦しい思いをすることもある」
カシオ:「人見知りだったこともあり、俳優を続ける選択はしなかった。でも、ニュー・シネマ・パラダイスは、僕の人生の大切な一部」
トルナトーレ:「それを聞いて、安心しました」

いい映画を撮ることに加えて、それが役者の人生にどう影響したのかを心配している辺り、実にトルナトーレらしいと思った。カシオは現在、シチリアでレストラン兼宿泊施設を経営している。俳優業からは離れてしまったが、あの映画のような人生については、ちゃんと書き残しておきたいのだという。

トトのモデルとなった映写技師も、インタビューに答えていた。映画を観たときに自分自身のことが全て描かれていると感じたと、涙ながらに話していた。物語を描くとは、つまりそういうことなのだろう。

トルナトーレ:「映画で描いたものは全て、現実に存在した」「想像力なんて、ひとつも使わなかった。映画館のなかには、必ずといっていいほど、登場人物と会話する人がいる」「ニュー・シネマ・パラダイスで私が描きたかったのは、かつて映画が娯楽の中心にあったという時代があったということ。映画の中で素晴らしい人生に出会えることを知ってほしかった」「映画は決して死なない。映画は愛のように、永遠なのです」

「撮るな、撮れ!」という呪いのような名前を与えられながら、映画監督という天職を真っ当するトルナトーレ。その言葉は、どんな台詞よりも美しい。新作はラブストーリーらしい。超ひさびさにブログ書いたのに、こんな終わり方でごめん。みんな元気。