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使わないでとっておいた古い切符で、夏。

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十代後半の僕には、ひとつ決まり事があった。大好きな寅さんに足元から近づくために、毎年毎年柴又の履物屋さんまで出かけて、新しい雪駄を購入する。ニューモデルと称して、一年間履き続ける。それがある日、不意に破られた。買ったばかりの雪駄の鼻緒が突然切れたのだ。露骨に嫌な予感がした。

寅さんが亡くなっていた。訃報は三日遅れで公のものとなった。松竹の発表では「寅さんの愛称で親しまれた渥美清さん」となっていたが、僕にとっては他でもない。寅さんを、かけがえのない人を、失った。

丸一日呆然としたあと、ふらふらと帝釈天へ向かった。境内には寅さんを偲ぶおじいちゃんおばあちゃんが大行列をなしていた。なんとなく並んでいると、すぐ後ろのおばあちゃんが、数珠をジャラジャラ言わせて僕を拝んでいた。娘らしきおばさんが「すいません。ほら、おばあちゃん。こちらは寅さんじゃないのよ。拝んじゃ駄目よ。」久しぶりに笑った。とたんに、気持ちが楽になった。列をおばあちゃんに譲って、帝釈天をあとにした。柴又から出てる京成金町線の切符を買ったけど、使わないで大切にとっておくことにした。次の中継駅まで歩きながら、考えた。悲しみに暮れる孤独について、寄り添うように生じるユーモアの存在について、十九の夏だった。

寅さんと僕の話は、話せば長くなる。長くなるから、簡単には口に出してこなかった。時は来た。大好きな寅さん。ユーモアの原点。原宿シネマで、お待ちしております。

原宿シネマ 
http://www.harajukucinema.com/movie/tra2014_01.html